【名字】唐牛

【読み】かろうじ,からうし,かろうし,からうじ,からう,とうぎゅう

【全国順位】 8,341位
【全国人数】 およそ980人


【名字の由来解説】

現青森県の西半部である陸奥国津軽郡唐牛村が起源(ルーツ)である。アイヌ語の「ある・入江」が語源ともいわれる。黒石藩にみられる。近年、現青森県の西半部である津軽地域や北海道にみられる。
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最終更新:2018/11/29 18:53:09  最終更新者:ユウ


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唐牛さん みんなの名字の由来
唐牛(かろうじ)を語るにあたり、唐牛館と唐牛村の時代考証について触れておかなければなりません。
一部、以前に記述した中からも抜粋させていただいています。
 
 一般に「館」は、中世において全国各所で自然発生的に起きた豪族が領土を維持拡大するために、一種の境界として築城された小城であり、後の関所的な要素も併せ持っている。特に中世においては関東以北に蝦夷が存在していたことから、蝦夷対策の側面も併せ持っていたと推察される。

 唐牛の由来は唐牛館によるもので、唐牛館の築城時期・築城主体ともに不明である。館主は南北朝期、義良親王を供奉して陸奥に下向した摂津源氏多田貞綱を祖とし、津軽の北条残党を討伐後、この地に土着したと推測される多田采女である。

 室町期、多田一族は三戸南部氏が津軽を制圧するとその支配下に属したとされているが、天正年間(1573-1592)になり、唐牛館主多田采女は大浦(津軽)為信の津軽統一に与力し、その後 唐牛に改称して唐牛采女を名乗り、子孫は津軽氏に仕えたと伝えられている。

 背景には、弘前藩が成立した時期には館の存在価値が希薄となり、当初、対津軽氏対策として築城されたであろう唐牛館の意味も同様となり、地理的に南部藩との関係よりも弘前藩との関係を重要視したものと推察される。(一部には唐牛が津軽黒石藩成立以降に黒石藩へ与力したとの説もあるが、黒石藩が分藩される以前より唐牛甚右衛門の娘が本藩城主の側室となり、その上、次代の母となっていること事実から、弘前本藩創立より関わりがあったとみることが自然である。)

 弘前藩創成期より唐牛の子孫は津軽氏に仕えたが、当初は弘前藩のみであった津軽氏が分家として黒石藩を興したことで唐牛も弘前藩と黒石藩に分かれて仕えるようになり、現在の居住地傾向に影響を与えている。

 なお、津軽氏の本家であった弘前が同様に唐牛の本家であったが、弘前城下より離れた現在の藤崎町白子地区に唐牛姓が密集しているのは、弘前藩時代の治水奉行に唐牛姓があること、白子地区が川沿いである事実を考証すると自然な理由であると言える。

<参考>近代の唐牛村について

 旧高旧領取調帳によると、唐牛村は陸奥弘前藩の一村とされる。郡発足時には唐牛村として独立していたが、郡発足後の1889年(明治22年)4月1日 町村制の施行により、5村(蔵館村、苦木村、長峰村、駒木村、唐牛村(現・大鰐町))の合併により南津軽郡蔵館村大字唐牛となる。1951年(昭和26年)12月1日蔵舘村が町制施行して南津軽郡蔵館町大字唐牛となる。1954年(昭和29年)7月1日大鰐町・蔵舘町が合併し、改めて大鰐町が発足し、南津軽郡大舘町大字唐牛となり、現在に至る。
唐牛
【投稿日】2018/06/27 18:47:42
【投稿者】外崎優姫さん
みんなの名字の由来 投稿
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唐牛さん みんなの家紋のはなし

丸に剣片喰
【都道府県】青森県

元は清和源氏の流れと聞いています。
弘前藩と支藩の黒石藩に唐牛姓があります。
唐牛の前は多田姓で津軽氏より現在の大鰐町にある旧唐牛村を拝領した際に、姓を変えたそうです。
津軽氏の側室を輩出したり、家老職や奉行職を輩出した家系だそうです。

【投稿日】2018/06/27 23:21:12 【投稿者】外崎優姫さん

 

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