【名字】若島

【読み】わかしま,わかじま

【全国順位】 7,032位
【全国人数】 およそ1,200人


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【名字の由来解説】

富山県である越中起源とも言われる。近年富山県下新川郡入善町に多数みられる。 「島」は一定の小区画を表す。
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最終更新:2024/10/20 13:18:57  最終更新者:匿名


若島さんの多い地域 TOP5

都道府県人数
富山県 およそ280人
東京都 およそ210人
石川県 およそ90人
神奈川県 およそ80人
埼玉県 およそ70人
市区町村人数
富山県下新川郡入善町 およそ190人
富山県富山市 およそ70人
石川県輪島市 およそ60人
広島県安芸郡熊野町 およそ40人
東京都江戸川区 およそ40人

若島さんの比率が多い地域 TOP5

都道府県比率
富山県 0.02753%
石川県 0.00789%
福井県 0.00406%
広島県 0.00231%
群馬県 0.00184%
市区町村比率
富山県下新川郡入善町 0.778%
石川県輪島市 0.207%
広島県安芸郡熊野町 0.155%
北海道斜里郡清里町 0.108%
熊本県葦北郡津奈木町 0.099%
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若島さん有名人ランキング TOP10

名前 生年月日 ジャンル 備考
若島 正 1952年 8月 10日 文学者 英文学者・翻訳家
若島 孔文 1972年 研究者
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若島さん みんなの名字の由来
金刺舎人若島の実家はどのような由緒の家系なのかを述べていきます。 ハッシー27のブログ  こちらは長野県出身で神奈川県で教師をされている方のブログより一部抜粋させていただきます。上記ページの御射神社秋宮のあたりに若島の記載があります。 科野国造を「金刺舎人」というのは、欽明天皇の金刺宮に奉仕し、舎人として天皇の側近に居たからである。 金刺舎人氏は、伊那郡、水内郡、埴科郡、諏訪郡と信濃国全体に広がっている。特に、金刺舎人若島は女孺とあるから女性であり、善光寺と大きく関わったようだ。 女孺は後宮の諸事に従事する女性で、郡領級の家の子女が当てられている。    『続日本紀』の宝亀元年(770)10月条に、金刺舎人若島が正七位下から外従五位下に昇進し、宝亀3年(772)に連姓を賜り、同8年に従五位になっていることが載る。   善光寺の尼僧寺院「大本願」は、現在浄土宗であるが、善光寺の「大本願法系図」や「大本願系図」は、「恵灌 ― 尊光上人(開山)― ……」と記す。 恵灌については『日本書紀』の推古天皇33年(625)正月条に、 「 高麗の王、僧恵灌を貢(たてまつ)る。仍(よ)りて僧正に任(め)す」  とあるが、『三国仏法伝通縁起』は恵灌を「三論学者」と書くように、我が国の三論宗の開祖である。 『善光寺上人由緒書』は、「開山より中頃まで一山凡三論宗なり」と記している。  恵灌の系譜を載せる大本願は、「本願家は古くは金刺氏の出であった」と伝えられ、恵灌を師とする大本願の開山の尊光上人は、『続日本紀』に載る水内郡の金刺舎人若島と「骨肉関係にあった」とも伝わる。 天台宗の「大勧進」よりも、「大本願」の方が古いといわれ、水内の善光寺は尼寺から始まったとの伝説があり、その開山を蘇我馬子の娘とする説もある。事実、水内の善光寺は蘇我氏が全盛期の7世紀前半に創建されたようだ。 と書かれています。善光寺の「大本願法系図」や「大本願系図」『善光寺上人由緒書』等の資料から開山の尊光上人は、『続日本紀』に載る水内郡の金刺舎人若島と「骨肉関係にあった」ということで蘇我氏とのつながりが見えてきました。 ではここで蘇我馬子の娘のについての記事を掲載します。 長野パワースポット研究会 ~Nagano Institute of Vortex~ @powerspotnagano · ローカルサービス より一部抜粋 女人救済の聖地 初代住職 尊光上人編 【善光寺】ZENKOUJI No.2 善光寺は、蘇我馬子の娘で聖徳太子夫人であった刀自古郎女(とじこ の いらつめ)が尊光上人として、女帝皇極天皇の命により、住職として入ることにより創建された。 皇極天皇はのちの善光寺縁起の重要な場面で登場する斉明天皇と同一人物であるが、この時はまだ1回目の天皇に即位して間もない皇極3年(644年)の頃である。 聖徳太子が49歳で病を得て身罷ったのが推古30年(622年)なので、尊光上人は、夫に先立たれて22年後に、こちら信州の善光寺に入った計算となる。 実はこの前年、尊光上人と聖徳太子の子である山背大兄王が一族もろとも蘇我入鹿に殺害されている。 尊光上人自身は、蘇我氏の血族であったため、命の保証はされ たのだが、息子をはじめ家族をすべて失った悲しみの深さはいかばかりのものであっただろうか。 皇極天皇もいわば傀儡の女性天皇であり、そんな境遇の中、尊光上人に畿内を離れ、遠く信濃の善光寺行きを命じたのは、時の権力者へのささやかな抵抗と、同じ女性としての尊光上人への思いがその裏にはあったのかもしれない。 上記の資料より金刺舎人若島のご先祖は蘇我氏のように推察されます。 蘇我氏の先祖をさかのぼると景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5代(第12代から第16代)の各天皇に仕えたという伝説上の忠臣である武内宿禰(たけしうちのすくね)にあたり、畏れ多いことですがさらにさかのぼると第8代孝元天皇(こうげんてんのう)となります。
【投稿日】2021/01/20 21:59:19
【投稿者】若島さん
「信濃古代史の中の人々 」
一史料上の氏名・地名を糸口に信濃の古代を探る一
松崎岩夫 著
信濃古代文化研究所発行
1986年1月20日発行
より一部抜粋

第十七章 金刺舎人若嶋(島)(かなざしとねりわかしま)

『続日本紀』宝亀三年(七七二)正月二四日条
「信濃国水内郡の人女孺外従五位下金刺舎人若嶋等八人に姓を連と賜う」
(しなののくに、みのちのこおりのひと、にょうじゅ、かなざ しとねりわかしまらはちにんに、かばねをむらじとたもう

これは信濃国水内郡出身の女孺の外従五位下金刺舎人若嶋等八人の人に連の姓を賜わったというものである。
この他のことは全く記されていないので具体的のことは一切わからない。当時においては、国の慶事すなわち 即位・立太子・改元などの時は恩赦、叙位叙勲、または孝子節婦などの表彰が行われるのが通例であったよう だ。しかし若嶋等八人の場合は、このような事とは関係がなかったように思われる。彼女は当時外従五位下という高い位階にあったことを考えると、掌侍・典掃・掌膳等のような一般の采女を管理する立場にいたと見てもよかろうか。
若嶋はかつて采女として信濃国水内郡の 郡領家である金刺舎人家という家族から貢上されて後宮に入ったことになる。彼女が『続日本紀』に顔を出すの は、宝亀三年(七七二)であるが、この時彼女は外従五位下という位階を持っているから、相当の年令に達して いたと見られる。采女は原則として終身制であったので、若い年令の時に後宮に入り、長年のお勤めと、中には 天皇の寵愛を受ける人などあって、彼女等の位階の高さは相当のもので、若嶋のような従五位下は珍しくはなく、彼女らの位階を地方官である、彼女らの父 兄である郡司とを較べてみるとおもしろい。郡司長官である大領でさえ六位どまりが普通であることを思えば、 若嶋の位階の高さが理解されるだろう。

卑姓であったものが、貴姓を賜わるという例も見られる。金刺舎人若嶋はこの例に入る。すなわち舎人 (とねり)という姓(かばね)から連(むらじ)という姓を賜わったのである。
「采女の名前は大化前代は国名で呼ばれたことから、当時その国を治めていた国造家から采女が差し出されたように思われる。時代が下がって律令制下になると、采女には郡の名が付されて、「水内郡采女」というようになり、 郡領の家の女子が貢されるようになった。古代においては各氏はそれぞれ姓があり、それによってその氏の出自、家柄とか職掌がわ かるようになっていた。その種類も多くあったが中でも臣と連が最も高く、またその中に大臣(おおおみ) と大連 (おおむらじ)があり、これらが国の政治の中枢をになっていた。
さて彼女は他の八人と共に、宝亀三年(七七二)正月二四日に連を賜わった。地方でこそ舎人といえば天皇側近の警衛に任じた者とし、名誉に思うようであったが、中央においては舎人自体の地位は低く、姓としても卑姓 の部類に入るもので、彼女が新らしく賜わった連とは大きな違いがあった。
そもそも連という姓は、大和朝廷成立前から、すなわちわが国を統一する前から、または統一過程の中で、朝廷と主従関係にあり、長期にわたり、困難の多かった統一のための戦いや事業をすすめて来た氏族に与えられる 姓であった。そして国内統一をなしとげ、政権を獲得してからは、部民を統率してその長となり、皇室に仕える ようになった。従ってこの連の姓の氏族は、天孫・天神系が多く、その中でも知られた氏族は大伴氏・物部氏・ 中臣氏などであった。この連の姓は近世の例でいうと、徳川氏の三河時代から、その家臣として苦楽を共にした譜代に当ると考えると理解し易い。若嶋は舎人という卑姓から貴姓の連姓を賜わった理由は、彼女が内廷において長く奉仕したことによるか、または高い信頼を受けたか、あるいは天皇に気に入られていたかなどによるものと思われる。
【投稿日】2019/04/18 10:40:19
【投稿者】創作人形若島さん
2草創期の善光寺について調べる より

『続日本記』-水内郡の金刺舎人若嶋(わかしま 女官)は宝亀元年(770)に、正七位から外従五位下を授けられ、同3年、連(むらじ)の姓を与えられ、同8年(777)には信濃守と同位の従五位を授けられた。(『善光寺史研究』第一章建立した人々より)
【投稿日】2016/09/29 09:45:51
【投稿者】若島さん
青菖蒲さんのサイトより「善光寺のこと」から

善光寺を建てた郡司は何者かということです。
そのヒントが続日本紀にあります。

宝亀元年(770)金刺舎人若島という水内郡出身の女官が正七位下から外従五位外に昇叙されたといいます。

従って水内郡の郡司は金刺舎人氏という一族だったことが分かります。

郡司は原則的に世襲だから、善光寺は金刺舎人氏の氏寺といってもよいでしょう。



水内社神 より

古くは続紀宝亀中,本郡の女嬬外従5位金刺舎人若島と見えるように,金刺姓の神家であったらしい。
【投稿日】2016/09/29 00:22:49
【投稿者】若島さん
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若島さん みんなの家紋のはなし
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