丹羽

【読み】にわ,たんば,たんわ,には,なわ
【全国順位】 378位
【全国人数】 およそ52,600人


由来解説

織田家などを輩出した現愛知県である尾張国丹羽郡が起源(ルーツ)である、坂上氏。
良峯氏。
清和天皇の子孫で源姓を賜った氏(清和源氏)。
④桓武天皇の子孫で平の姓を賜った家系である平氏(桓武平氏)。
中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)。
など様々な流派がある。
このエントリーをはてなブックマークに追加 LINEで送る フォローする

最終更新:2026/04/20 09:52:56  最終更新者:匿名


丹羽さんの多い地域 TOP5

都道府県人数
愛知県 およそ21,200人
岐阜県 およそ6,700人
東京都 およそ3,600人
大阪府 およそ2,700人
神奈川県 およそ2,500人
市区町村人数
愛知県小牧市 およそ2,100人
岐阜県岐阜市 およそ1,500人
愛知県春日井市 およそ1,400人
岐阜県各務原市 およそ1,200人
愛知県名古屋市北区 およそ1,200人

丹羽さんの比率が多い地域 TOP5

都道府県比率
岐阜県 0.34966%
愛知県 0.29303%
三重県 0.13953%
石川県 0.05163%
北海道 0.04749%
市区町村比率
※詳細は地図またはリンクをクリック

丹羽さん有名人ランキング TOP10

名前 生年月日 ジャンル 備考
丹羽 長之 1656年 4月 15日 歴史 陸奥二本松藩3代藩主、丹羽家4代
丹羽 長裕 1859年 4月 17日 歴史 陸奥二本松藩11代、丹羽家12代、子爵二本松丹羽家初代
丹羽 正治 1911年 4月 19日 経営者 実業家(松下電工名誉会長)
丹羽 竜平 1986年 1月 13日 スポーツ選手 J リ-グサガン鳥栖所属
丹羽 邦男 1928年 2月 9日 研究者 農業史学者
丹羽 雄哉 1944年 4月 20日 政治家 元厚生大臣
丹羽 長重 1571年 5月 11日 歴史 武将、常陸古渡藩主、陸奥白河藩主、児玉丹羽氏2代、丹羽長秀長男
丹羽 保次郎 1893年 4月 1日 研究者 NE式写真電送装置(ファクシミリ)を開発した技術者、東京電機大学初代学長、東京電機大学名誉学長
丹羽 長貴 1756年 6月 15日 歴史 陸奥二本松藩7代藩主、丹羽家8代
丹羽 光重 1622年 2月 8日 歴史 陸奥白河藩2代、陸奥二本松藩初代、丹羽長重三男
※上記は直近一週間のアクセス数Top10です。すべての丹羽さん有名人は以下から確認できます。

※ランキングや人数、読み、解説などの名字データをご利用される場合は、「参考資料 名字由来net」「名字由来netより引用」「出典 名字由来net」などと記載、そしてURLへリンクしていただき、自由にご活用ください。
※引用元の記載なく無断での商用利用(ニュースサイト,Youtubeなどの動画,まとめサイトなど含みます)は利用規約に反するため、問い合わせ窓口にご連絡頂くか、又は「参考文献 名字由来net」のクレジット表記とURLリンクのご協力をよろしくお願いいたします。

戦国武将・大名の家紋


直違
丹羽さん みんなの名字の由来
児玉丹羽氏(こだまにわし)は、桓武天皇の皇子良岑安世末裔(まつえい)で、良岑朝臣を本姓としているが太田亮は『姓氏家系大辞典』において、これを系譜仮冒とし、多臣一族である尾張丹羽臣(丹羽県主)の後裔とする。

『寛政重修諸家譜』によると、児玉惟行を祖とする武蔵国児玉党末裔とし、尾張国に移った後に本姓を藤原朝臣に復したとされるが、これは本貫である尾張国春日井郡児玉村(現在の愛知県名古屋市西区児玉)の地名を、前述の児玉党に由来とすることを後付けに付会したものであると考えられている。

丹羽長秀以前の系譜ははっきりしていないが、代々尾張国守護斯波氏に仕えていたらしい。

丹羽長秀は天文19年(1550年)から織田信長に仕えて活躍、天正10年(1582年)に本能寺の変で明智光秀に信長が討たれた後、羽柴秀吉に味方して山崎の戦いで共に光秀を討つ、

長秀は天正11年(1583年)の賤ヶ岳の戦いでも秀吉を援護、戦後に越前国・若狭国・加賀国2郡の123万石を与えられて大大名となった。

天正13年(1585年)に長秀が没すると、長男丹羽長重が後を継ぐが、同天正13年(1585年)の佐々成政の越中征伐に従軍した際、家臣の軍律違反により、若狭1国15万石に減封、さらに天正15年(1587年)の九州征伐の際にも家臣の軍律違反により若狭国を召し上げられ、加賀松任4万石の小大名に成り下がった。

しかし長重が、小田原征伐で戦功を挙げたため、加賀国小松城主12万5451石に再び加増。官位も従三位参議が与えられた。



慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで長重は西軍に与したことで、徳川家康により小松城と12万5000石の所領を没収、山城国鳥羽に幽閉されたが、後に江戸・芝浦に移され、将軍に昵近したことで、1603年(慶長8年)に常陸国古渡1万石を与えられて大名として復帰。

大坂の陣の戦功で、元和5年(1619年)に1万石の加増があり、常陸国江戸崎藩主2万石となった。元和8年(1622年)にはさらに3万石の加増があり、陸奥国棚倉藩主5万石となった。

寛永4年(1627年)にも5万石の加増があり、白河藩主10万700石となった。

長重の長男・丹羽光重は寛永20年(1643年)に陸奥国二本松藩10万700石に転封、以後丹羽氏は明治維新までここに定着。


幕末維新期の当主である丹羽長国は奥羽越列藩同盟に与し官軍に抗したため、明治元年(1868年)11月5日に長国は官位褫奪・蟄居、12月8日には丹羽家の城地は収公となった。

しかし12月26日に長国の養子丹羽長裕(米沢藩主・上杉斉憲の九男)に5万石を減じた二本松藩5万石(安達郡37か村)が改めて与えられることで、家名存続が許された。

その後、明治2年(1869年)の版籍奉還で二本松藩知事に転じたを経て、明治4年(1871年)の廃藩置県を迎えた。

版籍奉還の際に定められた家禄は、現米で1286石。

明治9年(1876年)の金禄公債証書発行条例に基づき、家禄と引き換えに支給された金禄公債の額は3万2124円48銭5厘(華族受給者中165位)。

明治前期に長裕の住居は東京市麻布区麻布六本木町にあった。当時の家扶は羽木貞守。

明治17年(1884年)の華族令により華族が五爵制になると、長裕は旧小藩知事として子爵に列せられた。

3代子爵丹羽長徳は明治末から大正時代にかけて貴族院子爵議員に当選して務めた。

丹羽子爵家の邸宅は昭和前期には東京市世田谷区上馬町にあった。
【投稿日】2026/04/03 19:19:55
【投稿者】匿名さん
古代丹羽氏は、神八井耳命を祖とする氏族、丹羽郡丹羽県主を務めた一族。爾波神社と関連性があるために爾波氏とも表記される。
【投稿日】2026/04/03 18:17:05
【投稿者】匿名さん
一色丹羽氏(いっしきにわし)は、清和源氏後裔、一色氏庶流である。九州探題を務めた一色直氏曽孫、一色氏明が、尾張国丹羽郡丹羽荘に住んだ時に「丹羽」を姓としたことに始まる。

一色氏は、直氏弟の一色範光系統が、室町幕府四職として重用されたが、直氏の系統は没落、諸国に分家した。一色丹羽氏はそのうちの一つである。


氏明から九代子孫の丹羽氏勝は尾張守山城主織田信次家臣であった。

信次の家臣洲賀才蔵が、織田信長の弟である秀孝を誤殺、信次が信長を恐れて守山より逃亡した際には、氏勝ら家臣団が守山城に立て篭もり、織田信行の軍勢に抗戦。

紆余曲折の末に信長に仕えたが、天正8年(1580年)に氏勝は突如、信長によって追放されてしまう。

子の丹羽氏次が、尾張愛知郡の岩崎城を居城としていた時に徳川家康に従い、小牧山の役にて戦功を挙げた。


丹羽氏次は、織田信雄家臣時代を経て、最終的には徳川家康に仕えて慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは東軍に属し戦功を挙げ、功が認められ、氏次は三河国伊保藩1万石の藩主となった。

寛永15年(1638年)には伊保藩は廃藩となり天領になったため、1万石加増され伊保藩から美濃国岩村藩2万石に転封。

以後丹羽氏が岩村藩主を務めたが、丹羽氏音の時代に家中で派閥騒動が起き、元禄15年(1702年)に越後国高柳藩1万石に減封。

氏音の養子・丹羽薫氏は延享3年(1746年)に播磨国三草藩に転封、廃藩置県まで丹羽氏の統治が続く。

三草藩主となってからは江戸城の大番頭に就任するなど、大坂加番を務めたことが多かったため、三草藩主は江戸定府であり、三草陣屋に赴くことは無く江戸屋敷より、藩主名代の巡見使を派遣し統治を行った。


幕末維新期の当主丹羽氏中は明治2年(1869年)の版籍奉還で華族に列するとともに三草藩知事に任命。明治4年(1871年)の廃藩置県まで藩知事を務める。

版籍奉還の際に定められた家禄は、現米で484石。

明治9年(1876年)の金禄公債証書発行条例に基づき、家禄と引き換えに支給された金禄公債の額は1万8125円48銭5厘(華族受給者中246位)。

明治前期に当時の当主氏厚の住居は東京市芝区愛宕下町にあった。当時の家扶は丹羽茂正。

明治17年(1884年)の華族令により華族が五爵制になると氏厚は旧小藩知事として、子爵に列せられる。

昭和前期に三草丹羽子爵家邸宅は大阪市住吉区田辺西町にあった。

昭和15年(1940年)12月に当時の当主丹羽氏郷子爵が死去した後、長女が家督を相続、女戸主となったことで爵位喪失。
【投稿日】2026/04/03 16:39:41
【投稿者】匿名さん
聖徳太子一族で天武天皇の子孫の田中氏が愛知を開墾し、つけた地名です。子孫や家臣が名乗りました。 坂上と良岑は田中の身内です。良岑は丹党を名乗りましたが先祖の百済永継の母親が出羽で生まれたと思います。奈良時代は通い婚でしたので。出羽の丹から来ていると思います。田中は子孫をたくさんの天皇に嫁がせ子孫が源平になりましたし、藤原氏にも娘を嫁がせています。ちなみに豊臣秀吉も田中子孫ですから丹羽氏が秀吉についた理由は近い身内だからです。
【投稿日】2025/07/09 07:38:30
【投稿者】妹子と天武天皇と坂上と鎌足の子孫・小町さん
清和源氏義家流足利氏族一色氏丹羽氏。
【投稿日】2025/01/03 19:42:08
【投稿者】史綱の兄さん
「にわ」と読む人が大多数。

「たんば」と読む人が、北海道に少数確認できる。
【投稿日】2020/08/26 13:29:22
【投稿者】ちば子さん
邇波が、元々の漢字です。
邇=ニムリ(主)
波=ワニ(王)
大国主系です。
邇波氏から蔓木氏が輩出されてます。
蔓木氏は、記紀で大国主では無い主張に改竄され亜細亜の葛城(ガッショウ)国から葛城氏に改竄されてます。蔓木氏の有名人は国造から創作された鞍作氏で、朝廷を震撼させた曽我兄弟の仇討ちから、蘇我氏が創作されたのですが、実名蔓木 毛人(蘇我入鹿)が居ります。
【投稿日】2020/01/20 19:31:31
【投稿者】大物主さん
読み方:にわ、たんば、たんわ、には、なわ
丹羽の異体字表記
【投稿日】2018/06/12 21:30:53
【投稿者】@瀨 こまくさ寮さん
家紋は揚羽蝶
【投稿日】2017/02/20 20:57:31
【投稿者】丹羽さん
自分の母方の祖母の旧姓が丹羽(にわ)
愛知県より今の石狩市生振に入植と聞いています。
【投稿日】2016/09/18 14:00:27
【投稿者】ぢゅめさん
愛知県内の丹羽さんの読みは殆どニワです。
【投稿日】2016/07/03 17:49:51
【投稿者】ウニ彦さん
父の言い伝えでは東北(秋田県)から流れてきた丹羽と記憶しています。
家紋は丸に並び鷹の羽。
北海道にはあまり丹羽は居ませんが、父の本家はオホーツク地方。道央には滅多に丹羽姓はいなく、道東に割と多く居るのではないかと思う。
読みは、にわ。
【投稿日】2015/08/12 16:58:47
【投稿者】丹羽さん
みんなの名字の由来 投稿
「みんなの名字の由来」に書きこむには、ログインが必要です。
 
丹羽さん みんなの家紋のはなし


檜扇
【都道府県】愛知県

>王さん

投稿された家紋は、一般的な名称では
「五瓜に檜扇(ひおうぎ)」
だと思います。

画像は「檜扇」です。
「檜扇」紋は、丹羽氏の代表的な家紋の一つです。

【投稿日】2022/03/25 09:04:40 【投稿者】ちば子さん

五瓜に房付き扇
【都道府県】愛知県

親からは 五瓜に房付き扇 と聞きました。が、もらった画像が不鮮明です。ピッタリの画像を探していますが一致するものが探せていません

【投稿日】2022/03/23 23:48:20 【投稿者】王さん

星七宝に花菱
【都道府県】静岡県

丹羽


【投稿日】2021/04/13 09:34:05 【投稿者】たみーさん


丹羽扇
【都道府県】奈良県

芝村藩織田家の家臣と聞いております。

【投稿日】2017/04/06 15:02:13 【投稿者】丹羽さん


丸に梅鉢
【都道府県】愛知県

愛知県岡崎市です。

【投稿日】2017/01/04 21:16:33 【投稿者】momoさん


丸に並び鷹の羽
【都道府県】北海道

父方の墓は、この家紋でした。丹羽、読みは、にわ。

【投稿日】2015/08/12 17:02:17 【投稿者】丹羽さん

 

※名字の順位・人数は2026年04月時点の政府発表統計および全国電話帳データを元にルーツ製作委員会が独自に算出したものです。
※名字由来netは政府発表統計や独自調査により得られたデータから、日々変化する日本人の名字の人数を日本で唯一算出しております。
※名字の推計人数は四捨五入して掲載しているため、各都道府県の合計人数と全国人数は一致しない場合があります。また、推計人数が少ない名字につきましては、一律「およそ10人」としています。
※名字の専門企業が算出している日本唯一の名字オリジナルデータですので、ご利用になりたい法人様やマスコミの方々はこちらよりお気軽にご相談ください。

※解説欄に「詳細不明」等と記載されている場合でも、「読み」や「有名人情報」が更新された際「新着・更新」名字欄に掲載されます。

※名字の情報を欲しい方は「情報求む」ボタンを押してください。「情報求む」欄には最新10件のみ表示されますので、定期的に確認いただき更新されることをお勧めします。
名字について詳しい情報をお持ちの方は、「名字の情報を送る」より名字の情報をお書きのうえ、送信ください。お送りいただいた情報はルーツ製作委員会にて精査し、名字の解説として掲載させていただくことがあります。

このエントリーをはてなブックマークに追加 LINEで送る フォローする

名字検索

次に検索したい名字を入力してください。

*
 

最近検索された名字

小輕米  山浦  禪院  饒村  一条  荒記  天神山  楮藪  安江  志井  王城  百武  新平  時津  据田  東垂水  上南  畔栁  大江  皆川    爲我井  龍造寺  斉田  依田  火室  須淵  黒﨑  小笠原  田伏    赤埜  表西  一貫坂  濱崎  鎌尾  吉桑  則野  和出  茗ケ原  小稗  新村  古畑  鳥野見  風神  酒井  砂子田  國方  對比地  志子田  毎田  船津  出野  澤良木  手越  小曽戸  伊ケ崎  谷田部  竹生  御堀  木和田  谷元  西光  東坂  飛鳥馬  久寿米木  奥川  川口  小鳥遊    馬越脇  網島  火威  高芝  爲國  柏木  三條谷  有賀  土方  丹生谷  和澄  久保橋  葉影  調所  牟田  木内  北条  尾堀  珠数  渡邉  塚野  滝浪  森川  菊谷  村石  秋吉  佐東  四茂野  戸津   

家紋検索

調べたい家紋の名前や戦国武将・大名の名字を入力してください。

 
 

約30万種あるとされる日本人の名字の中で
4月20日最も幸運な名字はこちら
名字別の運勢はこちら

■今評判の名字ランキング
いろいろな名字・珍しい名字ランキングはこちら ベスト・オブ・名字はこちら 年間 名字アクセスランキングはこちら 上・下半期アクセスランキングはこちら 今日誕生日の有名人一覧へ 世界の名字ランキングはこちら

当サイトは多くのユーザー様に広くご自分や身近な方の名字の由来を知って頂くことを目的としておりますので、「情報の流用や加工を目的とした不正なアクセス」「他の文献・サイト等の内容を無断転載する」「不正なIPアドレス」 「同一人物が他人を装い、いくつものアカウントを使用し、不正なアクセスや当サイトに混乱をきたすような行為」「他サイトなどで根拠のない誹謗中傷などが発見された場合」 など左記はごく一部ですが、利用者に混乱をきたすと判断された場合は、データ保護の観点により、アクセス禁止措置、更に迷惑行為と判断し、法的措置を取らせていただく場合がございますので、ご了承ください。
取材等につきましてはこちらからご連絡ください。

名字検索

次に検索したい名字を入力してください。

*