水谷
【読み】みずたに,みずや,みづたに,みずがい,すいたに,みずのや
【全国順位】
251位
【全国人数】
およそ85,800人
由来解説
水谷さんの多い地域 TOP5
| 都道府県 | 人数 |
|---|---|
| 愛知県 | およそ23,700人 |
| 三重県 | およそ16,900人 |
| 東京都 | およそ6,600人 |
| 大阪府 | およそ5,800人 |
| 岐阜県 | およそ5,100人 |
| 市区町村 | 人数 |
|---|---|
| 三重県桑名市 | およそ7,500人 |
| 三重県四日市市 | およそ3,900人 |
| 愛知県一宮市 | およそ2,000人 |
| 岐阜県海津市 | およそ1,900人 |
| 愛知県愛西市 | およそ1,500人 |
水谷さんの比率が多い地域 TOP5
| 都道府県 | 比率 |
|---|---|
| 三重県 | 0.98477% |
| 愛知県 | 0.32749% |
| 岐阜県 | 0.26366% |
| 京都府 | 0.09328% |
| 滋賀県 | 0.07656% |
| 市区町村 | 比率 |
|---|---|
| 岐阜県海津市 | 5.577% |
| 三重県桑名市 | 5.348% |
| 三重県三重郡朝日町 | 4.95% |
| 三重県員弁郡東員町 | 3.271% |
| 三重県いなべ市 | 2.477% |
水谷さん有名人ランキング TOP10
| 名前 | 生年月日 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|
| 水谷 正村 | 1524年 2月 24日 | 歴史 | 戦国〜織豊期の武将、結城四天王、水谷氏17代、常陸下館城、久下田城主、水谷政村 |
| 水谷 直樹 | 1985年 2月 26日 | 芸能人 | 声優 |
| 水谷 準 | 1904年 3月 5日 | 文学者 | 小説家、翻訳家 |
| 水谷 趣里 | 1990年 9月 21日 | 芸能人 | 趣里(女優・タレント) |
| 水谷 果穂 | 1997年 11月 3日 | 芸能人 | 女優・タレント |
| 水谷 勝美 | 1663年 | 歴史 | 備中松山藩3代藩主 |
| 水谷 あつし | 1965年 7月 26日 | 芸能人 | |
| 水谷 勝俊 | 1542年 11月 18日 | 歴史 | 戦国武将、常陸下館藩初代藩主、水谷氏18代、常陸下館藩主家祖 |
| 水谷 日昇 | 1879年 9月 24日 | その他 | 日蓮正宗大石寺第64世法主 |
| 水谷 勝隆 | 1597年 | 歴史 | 常陸下館藩2代藩主 |
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| 水谷さん みんなの名字の由来 |
|---|
| 大名・旗本の水谷氏の読みは「みずのや」である。 |
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【投稿日】2026/02/25 17:05:13 【投稿者】匿名さん |
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水谷氏は、藤原北家秀郷流近藤氏の氏族、日本の戦国時代から江戸時代初期の結城氏重臣、特に結城四天王として数えられる水谷勝俊一族がある。江戸時代には結城氏から独立して大名となるが、嗣子がなく絶家。庶子が旗本として家名を残した。 永享9年(1437年)、鎌倉公方足利持氏と関東管領上杉憲実との対立が深まった結果、永享の乱が起こる。 憲実に救援を請われた室町幕府6代将軍足利義教は討伐軍を派遣、持氏は自害した。 乱後の永享12年(1440年)、義教がその実子を新たな鎌倉公方として下向させようとすると、これに反発した持氏残党が持氏遺児である春王丸、安王丸を奉じて常陸中郡木所城(現茨城県桜川市)で挙兵。 春王丸らは結城氏朝を頼り、小栗、伊佐の庄(いずれも現在の茨城県筑西市)経由で結城城(現・茨城県結城市)に入る。 突然の入城に動揺した結城家家老たちは、春王丸らの受け入れに反対、髻を落として出家のうえ城を出た。 唯一、水谷伊勢守(水谷時氏)だけは「乱を見て捨てるは弓矢の道ならず、力無くとも討ち死にするより道はあるまい」として城に留まり、主君とともに死する道を選んだという。 一方、義教は春王丸らの挙兵に対して結城城に大軍を派遣、いわゆる結城合戦が勃発する。 結城城は長く幕府方の攻撃に持ちこたえたが、永享13年(1441年)4月に落城。 安王丸と春王丸は捕らえられた後に殺され、水谷伊勢守は氏朝やその子持朝とともに討死。 なお、結城合戦で実験にかけられた首のなかに、水谷姓の水谷大炊助の首がみえる(『永享記』『永享後記』)。 1478年(文明10年)結城直光のころ、水谷勝氏が下館城を築城、水谷氏代々の居城となった。 1545年(天文14年)、下野国宇都宮氏に備え、6代正村(蟠竜斎)が常陸久下田城を築城。宇都宮氏の攻撃を受けるが撃退する。 勝氏から数えて7代勝俊のころ、関ヶ原の戦いの功績により、結城氏から独立し、常陸国下館3万1千石を安堵されて城主大名に列した。 寛永の高直しによって石高は4万7千石に改められる。 1639年(寛永16年)に備中国川上郡、播磨国美嚢郡内5万石備中国川上郡成羽へ3千石加増で国替え。 1642年(寛永19年)に備中国松山5万石へと移封され、松山藩政の基礎を築く。 ちなみに、備中松山城の現存天守は水谷氏の改修によって現在の姿となったものである。 1693年(元禄6年)備中松山水谷家の3代勝美に嗣子なく、弟勝時を後継者としてたてたが、家督相続が許されず除封、大名水谷家は絶家となった。 勝時はのちに、3千石を与えられて旗本として家督を相続、旗本水谷家は明治維新を迎えるまで存続した。 1536年(天文5年)弁才天信仰が篤かった水谷伊勢守勝隆は、寛永寺を創建した天海大僧正と謀り、上野不忍池に弁財天社(現不忍池弁天堂)を建立する。 上野不忍池に弁財天社(現不忍池弁天堂)を建立すると、同時に水谷家の下屋敷(現台東区竜泉)内に屋敷神として弁財天を祀ったのが、朝日弁財天(水乃谷弁天院)として祀られ、現在は下谷七福神の弁財天となっている。 |
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【投稿日】2026/02/24 16:58:55 【投稿者】匿名さん |
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出身は岐阜 家紋は抱き茗荷 口伝は先祖代々武士。襲名していた。 先祖のお墓に士と書いてある。 ネットで藤原氏あるいは源氏など諸説アリ。分かれば、何氏の末裔なのか興味深い。 |
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【投稿日】2024/06/16 09:29:06 【投稿者】mizumizuさん |
岐阜在住の水谷です。祖父は昔の戸籍に士族と書いてあるのを見たと言いますが、祖父は亡くなっておりますし、定かではありません。家紋は丸に抱き茗荷です。
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【投稿日】2024/05/30 00:36:46 【投稿者】ミズタニさん |
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お袋の母方が 水谷 です。 詳しい事は何もわかりません。 |
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【投稿日】2018/09/15 12:34:26 【投稿者】父さんさん |
| みんなの名字の由来 投稿 |
|---|
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