金森

【読み】かなもり,かねもり
【全国順位】 704位
【全国人数】 およそ27,100人


由来解説

①現滋賀県である近江国野洲金森村が起源(ルーツ)である、清和天皇の子孫で源姓を賜った氏(清和源氏土岐氏流がある。
②ほか中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)。
などにもみられる。

「森」は森の意味や、神社森に関連して守るという意味。
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最終更新:2026/01/12 19:49:38  最終更新者:匿名


金森さんの多い地域 TOP5

都道府県人数
東京都 およそ2,700人
岐阜県 およそ2,500人
愛知県 およそ2,500人
大阪府 およそ1,900人
富山県 およそ1,400人
市区町村人数
富山県高岡市 およそ700人
岐阜県安八郡安八町 およそ630人
岐阜県大垣市 およそ620人
三重県桑名市 およそ520人
静岡県富士宮市 およそ400人

金森さんの比率が多い地域 TOP5

都道府県比率
富山県 0.13592%
岐阜県 0.12961%
島根県 0.09327%
三重県 0.06835%
福井県 0.05365%
市区町村比率
岐阜県安八郡安八町 4.239%
岐阜県加茂郡坂祝町 1.178%
岐阜県安八郡輪之内町 1.138%
北海道雨竜郡秩父別町 1.102%
東京都大島町 0.934%
※詳細は地図またはリンクをクリック

金森さん有名人ランキング TOP10

名前 生年月日 ジャンル 備考
金森 栄治 1957年 1月 24日 スポーツ選手 元プロ野球選手
金森 長近 1524年 歴史 戦国〜江戸初期の武将、飛騨高山藩初代藩主
金森 頼錦 1713年 12月 2日 歴史 美濃郡上藩2代藩主、金森可寛長男
金森 近供 1653年 歴史 飛騨高原郷金森左京家3代、金森直頼次男
金森 頼旹 1669年 歴史 側用人、飛騨高山藩6代、出羽上山藩主、美濃郡上藩主、能書家
金森 伊兵衛 歴史 久野家家老惣代
金森 長則 1564年 歴史 戦国武将、金森長近長男
金森 頼直 1621年 歴史 飛騨高山藩4代藩主
金森 次郎 1889年 10月 31日 経営者 実業家(東京光学機械元社長)
金森 掃部 1590年 歴史 織豊〜江戸前期の武将
※上記は直近一週間のアクセス数Top10です。すべての金森さん有名人は以下から確認できます。

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金森さん みんなの名字の由来
美濃国の清和源氏流土岐氏当主の土岐成頼の子・定頼が領地を美濃国山県郡大桑(現岐阜県山県市大桑)に持ったことから大桑氏を称す。
後に船田合戦の功によって領を美濃土岐郡大畑(現在の岐阜県多治見市大畑町)に移した事により、大畑氏を称した。
定頼の子の大畑定近は、近江国の金森村(現滋賀県守山市金森)に居を移し、金森姓を称したという伝承がある。

戦国時代の当主・金森長近(定近の子)は、織田信長に仕え斎藤氏攻略戦、長篠の戦いなどで活躍。越前国攻略に功があり、天正3年(1575年)越前大野のうち3分の2(越前大野と石徹白地区)を信長から拝領し大名となった。

越前を拠点としたため、一時は柴田勝家の与力となるが、勝家が滅ぼされた後は羽柴秀吉に従った。

同天正3年(1575年)長近が織田家に人質として来た頃から面倒を見ていた、長屋喜蔵(美濃の板取長屋氏(長江氏支流)の長屋将監景重の子)を養子として迎え、郡上八幡城主遠藤慶隆の娘室町殿を妻に迎えた。

二人の間に生まれた子が、後に茶道宗和流の祖となる金森宗和である。

天正10年(1582年)2月、信長から兵部大輔を拝命し、そして同年正四位下兵部卿となった。

天正13年(1585年)に飛騨国攻略を命ぜられ、越前大野は取り上げられた。翌年、飛騨国主として任ぜられ、高山城を築いた。

慶長5年(1600年)に行われた関ヶ原の戦いでは、東軍の徳川家康方に付き、戦後高山藩主となった。また、家康から美濃の上有知藩と河内国金田(堺市北区金岡町)を拝領した。

飛騨の管理は養子の可重に任せ、自身は上有知に小倉山城を構えて住居した。

慶長13年(1608年)に長近が死去すると、長近が美濃の板取長屋氏(長江氏支流)から養子として迎えた可重が跡目を相続した。

長近の実子の長光は、長近なき後、上有知藩と金田の領主となったが、慶長16年(1611年)に7歳で夭逝、上有知藩は江戸幕府に没収。

元和元年(1615年)閏6月に可重が謎の死を遂げると、跡目は重頼が継いだ。重頼は長近の子の伊東治明の子で、源氏の血の入れ替えが行われたという。

飛騨国金森藩は、その後、頼直 - 頼業 - 頼旹と108年続いたが、頼旹の時代の元禄5年(1692年)に突如飛騨一国を没収、出羽上山藩に移封となり、また3年後、美濃の郡上八幡藩に再移封された(石高自体はほぼ同じ)。

宝暦8年(1758年)、藩主・頼錦は幕府に藩政の不始末(百姓一揆の多発(郡上一揆)、神社権限をめぐる石徹白騒動など)を咎められ、金森家は改易処分。

頼錦の子たちも連座したが、明和3年(1766年)赦免され、 六男の頼興が天明8年(1788年)に1,500俵で名跡を継ぎ、子孫は旗本寄合席として存続した。

また重頼の弟の重勝が分家・金森左京家を高山藩内に興しており、本家改易後は越前国に移され、3,000石の旗本・交代寄合表御礼衆として存続した。

幕末から明治期の当主金森近明は、慶応4年(1868年)5月に朝廷に早期帰順して本領を安堵されて朝臣、中大夫席に列した。明治2年に中大夫以下の称が廃されるに及んで士族に編入。

明治17年(1884年)に施行された華族令で華族が五爵制になった際に定められた『叙爵内規』の前の案である『華族令』案や『叙爵規則』案では元交代寄合諸家が男爵に含まれており、金森家も男爵家の候補として挙げられていたが、最終的な『叙爵内規』では対象外となったため、結局金森家は士族のままだった。
【投稿日】2026/01/12 19:53:22
【投稿者】匿名さん
織田信長配下の戦国武将:金森長近の流れを汲む方もいらっしゃいます。
【投稿日】2019/06/05 12:03:17
【投稿者】ノリさん
みんなの名字の由来 投稿
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金森さん みんなの家紋のはなし


九曜
【都道府県】東京都

一番古い墓のご先祖様が元禄5年となっています。
私で18代目。
牛込(現在の新宿区)市ヶ谷の寺の住職によると
墓の形はお武家さんのものだとのこと。

【投稿日】2022/02/06 15:51:47 【投稿者】18代目さん

 

金森さん名字伝言板
【語られているテーマ】名字について情報がほしいです
【限定地域】なし(全国OK) 【語りたい名字または名前】金森さん

※名字情報ある方のみ ※同じ名字の方のみ ※違う名字の方大歓迎 ※同じ県の方大歓迎
金森家のご先祖について  続きはこちら
投稿者:金森さん 最新投稿日時:2019/08/02 07:33:34  

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※名字の推計人数は四捨五入して掲載しているため、各都道府県の合計人数と全国人数は一致しない場合があります。また、推計人数が少ない名字につきましては、一律「およそ10人」としています。
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